弟子入り志願者へ
(仏絵師、仏画作家を目指す人、経験者はスタッフとして)

2017年4月11日、内容を更新しました

ただ、仏画が描きたい方には、仏画教室のご案内のページがあります。

このページを熟読して、なおも、ご自分の人生を賭けてみようと思う人だけ遠慮せずコンタクトしてください。

●この道を行くと大変だと分かっていたら、そこに向かいなさい。そうすれば楽しい人生になる

●お金を失うことは小さく失うこと。信用を失うことは大きく失うこと。やる気を失うことはすべてを失うこと。

●あなたが変わる方法は3つしかありません。1番目は「時間配分を変える。」2番目は「住む場所を変える。」3番目は「つきあう人を変える。」

○弟子入り志願者は、以下の理念を理解し、受け入れ基準に当てはまり、約束事を理解でき、それを実践できる人に限ることとします。

本気で、日本の伝統絵画の技法やそれを代表する仏画を勉強したい人。
きちんとまじめに取り組みませんか?人生を賭けてみませんか?
あなたの才能とやる気で、誰もがそのテクニックの難しさで継承を諦めた日本の伝統技法をあなた自身が、継承して下さい。
そして、プロの絵師として、または作家として、後世に伝えて下さい。
仏画工房 楽詩舎で、私(正観)や先輩たちと一緒に研鑚(勉強・研究)を積みませんか?


■経験者はスタッフとして受け入れることがあります。相談にて(作品送付または持参。まずはご連絡を!)。

■適正と条件(受け入れ基準)2017年版
1、 仏画を代表とする日本の伝統絵画に興味を持ち、それを人生をかけて真剣に勉強したい27歳ぐらいまでの女性
2 、半年〜1年(能力により差があります)は、ほぼ無収入となります。
   自分もしくは家族等の協力で住居や
基本的な生活手段を確保できる人
3、 協調性や思いやりが有り、師に将来を委ねる覚悟がある繊細で、大らかで、前向きで
明るい性格の人。若しくは、そう努力しようと決意できる人
4、 これから自分が、何を目的に、何をしようとしているのか、きちんと考えて実践できる人。
5、 仕事を通じて勉強する為、絵画(仏画)の制作手伝いをした時、きちんと
責任をもって遂行できる心身共に健康でまじめな人
6、 研鑚する場所が、藤野正観の元でなければならない理由

7、 自分の描いた作品(あなたの絵心を判断します。)と、私の元で、勉強したいという想いと6、の内容を綴った作文(800文字以上)を用意し、履歴書と共に正観まで直接持参または、送付して下さい。

   (作品(画像OK)、6、の内容を含んだ作文、本人らしく写った写真の貼った履歴書であること。ただし、実際に会ってから決めます。)

2017年1月現在、仏画工房 楽詩舎で勉強している若者。

【※更新しました】
2012年4月より若い女性(美大卒)が勉強しています。
2017年1月より24歳の女性(美大卒)が勉強に入りました。


■修行中の心構え、待遇について
1、基本勉強期間(半年〜1年ぐらい、個人差有り)は、席の確保。画材など全て貸与します。
2、基本を習得後、早くて3ヶ月〜半年後くらいから制作手伝いを通じて勉強をしますが、仕事としての貢献度
  によって支援金(生活支援や独立準備資金)として支給します。
3、三年経過後、正観の意に叶えば同意をもって工房に残り、独立を目標に『プロの仏絵師』として制作しながら、
  正観と一緒に仏画工房 楽詩舎の絵師として活動し、独立に備える。
4、居残るか独立するか六年目くらいで、自分自身の心の中で決める。将来の現実的展望と自身の希望を見極める。
  ・スタッフとして居残り希望者は、正観と一緒に、工房や仏画館の企画・運営にも関わる。(※歩合、能力給、)
  ・独立希望者は、各々一人一人が、独立して良い仕事が出来るように、特に工房運営実践面で経験を積む。

5、独立希望者は、美術系(日本画)四年制大学卒業者で、最短でも6年。未経験にて入塾した者でも10年の修行をもって独立することとする(※正観の推薦と仏画館にて独立展)

2010年12月、NHKで放送された1時間番組『こころの時代』を全て録画したものです。私を知る参考にして下さい。
修正更新:2014年09月06日  仏画工房 楽詩舎 藤野正観

【ご参考】 仏画工房 楽詩舎で2017年4月現在、勉強中の2名の弟子達の基本的な生活

弟子生活のリズムを聞かれるので、参考に追加記載しておきます。

月曜日〜土曜日 基本時間割り
8時半より工房の掃除。
9時より仕事。
12時より、持参のおかずで昼食(ご飯は工房で炊きます。)と休憩。1時より仕事。
16時におやつ休憩。16時半より仕事。
冷蔵庫にある食材で夜食を作ることもあるようです。
週に一度ぐらいは18時に仕事を終わることもあるが、ほぼ毎日19時〜21時頃まで仕事をすることが多い。
夜遅くまでの工房利用の時間制限はない。(※この夜の時間が、本来の修練部分。個人の力の差がつく部分でもある)
その後、帰宅。 なので、やはり住居選びはできるだけ工房の近くが理想。


毎週日曜日のみ、自分の身の回りのことをする日とする。
洗濯、買い物等生活に関すること以外に、例えば、午後から写生や博物館、美術館、古本屋、寺院等参拝で見聞を広める時間とする。日本文化の凝縮された京都だから見聞を広め、感じ、考えることができることなど、自分で考え実行する。
(※時間は、誰にでも平等に24時間しか貰えない。どう使うかが重要。自分の足となるバイクやせめて自転車があると有利。)


スティーブ・ジョブズの発言から

自分が本当に心の底から満足を得たいなら進む道はただ一つ、自分が素晴しいと信じる仕事をやる、それしかない。そして素晴らしい仕事をしたいと思うなら進むべき道はただ一つ、好きなことを仕事にすることなんですね。

点と点が自分の歩んでいく道の途上のどこかで必ずひとつに繋がっていく、そう信じることで君たちは確信を持って己の心の赴くまま生きていくことができる。結果、人と違う道を行くことになってもそれは同じ。
信じることで全てのことは、間違いなく変わるんです。


弟子という死語 2011年9月20日 記

私の工房では、『スタッフ』ではなく、『弟子』というかたちで仕事を手伝って貰っている。
私の培ったてきた仏画を制作する為の技術やその精神、そして何よりも仏画を描いて生活できるようにと、私のすぐ傍らに居てそれ等のノウハウを盗める環境を提供している。
なぜ、スタッフではなく弟子として受け入れるのかというと、弟子に私の仏画に対する想いや考えを継いで欲しいし、また、そういう立場で私の傍らに居るのだということを弟子に意識して欲しいということに他ならない。

弟子志願者が自分の意思で『師』として選んで決めた私の想いや考えを深く感じ取り知るということは、自分の大切で身近な人の、また将来の大切な顧客に対してのそれと、まったく同じことなのだ。

技術を受け継ぎ獲得することによってその受け継ぐという精神を学び、自分の師を知ることによってその技術の生かし方を学ぶのだ。

仕事の内容や、仏画の描きかた、そしてその画材、仕事のやり方等は数ヶ月も居れば、すぐに単純情報として得ることが出来る。
あとは、本人がどれだけ『修行中』という『自分の立場』を意識するかしないかで、仏画を描いて生活するということの正しい行いや姿勢が理解できるようになるのだ。
人に愛される絵師として、また信用される人として成長できるかの分かれ目となるのだ。

志願者には、私の価値観や仏画に対する想い、そして調子に乗ると今までの私の人生を語る。
私自身がどういった生き方をしてきたかを語ることによって、私をよく理解できると思うからだ。

私の手作りのサイトをくまなく閲覧するとある程度までは私を理解できるように作ってあるので、サイトからの志願者は、ある程度は私を知っていることになる。

メールでコンタクトしてきた志願者にはメールで、その確認作業のほとんどを済ませるし、訪ねて来た志願者には出来る限り時間をとって、その作業をする。

『以上、私は、こんな人間だが弟子入りを志願するお前は、ほんとうに私を師として受け入れられるのか?』といったところまで持っていく。

もちろん、志願者がどんな価値観で生きてきたか、どんな生い立ちかなど、私がとことん自分をさらけ出すわけだから、その分、同じ量の志願者の想いや情報を得ようとする。
20年と数年という中途半端な経験しかない若者にそれを望むのは無理なのかもしれない・・・・が、いや、18歳の頃の私は弟子入りをするということに『志とその覚悟』をした。自分の人生を形(かた)にバクチに挑むような心境とでもいうのか・・・。

それは、母の育ての親、少年の頃、私が心を許した優しい祖母の励ましを貰えたからに他ならない。
祖母は若い頃、京都の髪結いに弟子入りした経験があった。他人様のお世話になることの意味を知っていた。田舎の結婚式には新妻の髪で高島田を結ったり、神社のお祭りには、必ず祖母が稚児の装束を担当していた。
その頃60歳ぐらいだったのだろうかその祖母の言葉は、多感な18歳の私にも良く理解できた。
京都の染織図案家の自宅に内弟子として入ることが決まった頃だったと記憶している。

「自分の決めた先生のことを、よおぉ信じて、文句をいわんと、先生や奥さんの言われることを、よおぉ聴きや、そしたらお前の夢は叶うんやで・・・」
18歳の私にも、弟子という立場を知ることはそんなに難しいことではなかった。

よく似た言葉に「丁稚」という言葉があったが、これも商売人の弟子になるという意味合いがあるように思う。
何も知らない子供を一人前の商人にする為の教育を与える立場からいったのだ。今や死語となった。

今の若者は、この弟子という立場がどういったものなのか、よく理解しないまま我が工房の門を叩く。
若い人は、寡黙で自分のことの多くを語らない。だが、どういうわけか私の話は、眼を輝かせて聞く。自分のことなど語るに足らないとでも思っているのか、何も無いのか・・・。

私の話を聞いている時は、良く理解しているようにしか思えない。
『弟子』とは、自分がどういう立場や状況になるのか当然よく理解した上で、意思決定したと思ってしまう。

ところが、いざ、弟子生活に入ると、1年も待たずに、教える側も教えを乞う側も、それぞれが慣れて来る頃。いや、私だけがそう感じてしまうのかもしれないが、ちょっときつい言葉をかけなければいけない場面が出てくる。
「親にもバカと言われたことがありません・・・」と涙を浮かべ私に抗議し、その行為を修復する術もなく工房を去るに至った女性がいた。
また、描く姿勢をたしなめると体型の事に触れられたといって、まるでセクハラでも受けたように、人が変わったように抗議する。引っ込みが付かず、それを理由にして早々と辞めてしまう。
『志』とは、『決心』とは、彼等はいったい何と思っているのだろうか、理解できない。
『挫折』とは感じていないのだ。いいや、感じようとしないのだろう、あなたのせいで、自分の『志』をまっとうできなかったということにしたいのだろうか・・・。

先日も、弟子志願の26歳の女性が唐突に訪ねて来た。背の高い美人だった。
受け入れる為には、先に書いたように、とことんいろいろ話をする。話をきちんと聞ける大人だった。そう思った。
高卒の彼女は転々とアルバイト先を変え、給料も趣味のスキューバーダイビングに使い果たし蓄えもなく、おまけに実家にも生活費を入れなければならないといった、私の掲げた弟子入り志願者への条件を満たすことがかなり難しい状況にいる女性だった。
私の心を動かしたたった一つのことは、高校時代から、一貫して自己流ながら絵を描いてきたことだった。
私が絵描きの道を父親に反対されながらも、将来が分からないまま、もくもくと一人で描いていた頃と重ねたのだ。
彼女は、今までの人生を口には出さなかったが悔いている様子だった。私に弟子入りすることを最後のチャンスと言った。

私が、彼女の夢を叶えさせてやろうと思った。

たいていの志願者がそうであるように、私を見る真剣な眼差しに、一途に一つのことを追いかけてきた純な私は、ついつい絆されてしまうのだ。
私はこの彼女の夢を実現できるように、あれやこれやと考え、弟子生活に入る為の克服すべき事柄を明確にし、その実践を勧めた。
しかし、彼女の生きてきた環境や、今置かれた過酷な状況を、あらためてその彼女に思い知らせるだけとなってしまった。
徐々にトーンダウンする彼女の想いが手に取るように分かった。

だが、そんなことで、彼女は傷つかない。
今までの志願する若者もそうだが、転々と職を変えることを何とも思わない人は、困難を乗り越えようと努力はしない。
簡単に結論を出してしまう。
『弟子入りを断念』すれば良いだけなのだ。
職を転々と変え、居心地の良い職場を求め、好きなことをやってきた若者のほうが、強か(したたか)なのだ。
そう、居心地の良い気に入った職場に移れば良いだけなのだ。
当の本人は、これではまともな人生を歩めないと、うすうす感じてはいるのだがこのリズムに慣れ過ぎてしまったのだ。
おおいに問題を感じるが仕方がない。そんな時代になってしまった。

結局、この自由に生きてきた彼女は、私と話をする中で、180度違う『弟子生活の現実』に恐れを抱いてしまったのだろう。
師に身を委ねるといった自分を殺さなければならない自分をイメージできなかったのだろう。
またそれを盲目には受け入れられなかったのだろう。
『弟子入り』を断念した。

最初に書いたようにその私の想いを伝えれば伝えるほど、今の若い世代の弟子志願者の気持ちは退いていく。
そう、今や『弟子』という言葉は、意味もその精神も共に死語となったのである。

話はちょっと反れるが、一方で昨今活躍する若いアスリートたちはその経験者である親や師に身を任せ成功している事実がある。
契約コーチと生徒の関係が、スポーツ界独特のシステムなのか、教えを乞う側が金銭によりその師弟の関係を得ているパターンがある。
もちろん従来の金銭を抜きにした純粋な師弟という関係もあるにはあるのだろうが、どちらもその師弟間の信頼関係が築けるのであれば、関係が金銭に左右されるとしても同じだと思う。
新しい師弟の関係とは、このスポーツ界におけるコーチ的意味合いの有る師弟の関係を築けば、今の若者にも現代人にも受け入れやすいのかもしれない。
私の人生の最終場面で、私の培ってきた技術と精神を伝える新しい師弟関係を模索してみようと思う。

ということで何れにせよ教えを乞う側は、目的を掲げ持って自分の身を任せると決めた以上、師と決めた経験者を信頼するしかないことに気付かないといけない。 
師弟の関係は、信頼関係の上にしか成り立たないのだから。

話は反れたが、結局、弟子の最初の想い(志)に真っ直ぐ向わそうとする私自身が挫折感を覚え、その弟子との関係は終わってしまうのだが、この繰り返しを長年やってきた。
年を重ねるごとに、私の弟子の成長に対する想いは濃厚になる。それに反して若い志願者の『弟子』としての意識は薄れている。
今までの私の弟子に対する想いは一方通行状態となり、空回りが圧倒的に多い。
来るものは拒まずという信念でやって来たが、これだからこれもしょうがないことなのだろう・・・。分かっていたのだが・・・。

10月9日で61歳になる。一旦はもう面倒なので弟子をとらないと決めたが、新しい師弟の関係を模索しつつ、もしかして・・・という期待を込めて現在修行中の弟子二人が独立するまでの3年間だけ最後の弟子入り志願者の想いを聞いてみることにした。
 仏絵師  藤野正観


"習う"ということ  1998年:中外日報 未掲載原稿より (専門的過ぎて他のエッセイに書き直しました)


私の工房では、仕事を通じて「仏画」の勉強をすることになっているので、勉強を始めたその日からプロとなる。順調に基本をマスターし、力をつけてゆくと、その能力に応じて仕事の手伝いから簡単な作品に進めるわけだ。

良いか悪いか分からないが一番早く能力が身に着く方法と信じてこのやり方でやっている。

寝食を忘れ、のめり込む人などは、一年もすれば、結構、描けるようになる。
昨今の不景気でそうもいかなくなったが、二年も勉強すれば、そこそこの収入になり得た。

「良いか悪いか分からないが」などとややこしい書き方をしたが、実は、この、我が工房のやり方にいささか疑問が生じてきている。
というのも、過去十三年で二十人余りの志願者を受け入れたのだが、十年続いている弟子はたったの二人しか居ない。

もちろん、我が工房を飛び出して、一人で仏画を描いて生活している者や、他の工房でお給金を貰いながら仏画を描いている者も居るようだ。

何で、我が工房を、志し半ばで辞めたかは、個々にそれなりの理由があったにせよ、ほとんど、「お金」が理由であった。

 入門当初は、純粋に美しい世界であるところの「仏画」にあこがれ、描きたい一心で、私を頼って来る分けだが、何年か経つと、勉強中の身であることを忘れ、仕事であるところの「仏画制作」に対して、仕事人としての給金を要求したくなって来るらしい。

 過去何人かは、我が工房を辞める時は、仏画の勉強を始めた時の純粋さ、美しさは、なくなっている。

ぼやいているのではない。
以前も書いたが、「仏画を描きたい」という気持ちと「仏画を描いて生活したい」ということは、同じのようで、実はまったく違うということである。

 私自身が、仏画の制作を生活する手段として選んだことで、ただ純粋に「仏画を描きたい」と願う者にまで、プロとしての姿勢を強要していたことになる。

 一日も早く能力を身に付けるやり方とはいえ、プロになりたいと願わない者にまでプロ意識を植えつけようとしていたのだ。

「いまさら何を言っているのだ」と叱られそうだが、三十一年間、無我夢中で仕事をしてきた今、やっと気がついたのだから仕方がない。

 開き直るつもりはないが、私は、「仏画を描いて生活する」ということに、いささかの迷いはない。

 しかし、ただ「仏画を描けるようになりたい」という思いだけで教えを乞う者に対しては、対応していなかったのだ。

もはや、我が工房も、カルチャー教室的性格の画塾が必要になって来たのかもしれない。
 その方が、授業料を払って勉強することに慣れてしまった者には、勉強中の己を自覚し易いのかもしれない。  

私は、授業料を貰って先生ぶるのは好きではなかったが、考え直さなければならないのかもしれない――。

 しかし、その方法では、一番大切な物を創ることの本当の意味や精神を伝えられないし、先人達が日本人として最も大切にしてきた教えを受ける者への敬意や礼儀がほとんど育たないかもしれない――。
 


http://shokan.blog82.fc2.com/blog-date-200612.html
 
 仏絵師  藤野正観

仏画教室のご案内

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