中外日報 2000年(平成12年)11月20日 中外アート 不定期連載エッセー&コラムより 1/3紙面

仏画を描く
―基本編B彩色の基礎知識―
仏画工房 楽詩舎 代表絵師 藤野正観



さて、今回は、いよいよ、彩色に入る。毎日、線描きの練習をしながら、面相筆に馴れ、古画の写真などから下絵を作成し、仏画を一人で描けるように準備をして来た――。

本格的な彩色は、日本古来の画材の性格上、熟知しておかないと、後で大変な目にあう。今回は、彩色と一口に言っても色々な種類や方法、またその概念があることを知らねばならない。

彩色と一言で言うと業界で連想されるのが、堂内の荘厳彩色のことかもしれない。
昔から彩色屋さんと呼ばれる専門職があったのかどうか知らないが、京都には、そういった堂内を装飾する為の文様彩色の専門職が存在する。余談になるが、昔、中国で、たくさんの画工と呼ばれる人たちが、工程を分業し、合理的に、荘厳彩色をした。その合理的な彩色方法として、繧繝(うんげん)彩色がある、私の経験からの独自の見解だが、ぼかし技法が困難な場所であったり、未熟な画工をアシスタントとして使う場合の工夫から生まれたものと思っている。
技法とは、所詮そういったもので、決まりきったものではく、必ずそうしなければならないといったものではない。
基本的には、自由なのだ。ただし、それは、膨大な失敗経験によって、生き残ってきた技法であることから、知らないよりは知っていた方が良い。また同じ失敗を繰り返す必要などないということである
先人の言うことには耳を傾けた方が良い。

直接、板や柱に描いたり、壁(漆喰)に描いたりする場合、それぞれに専門的な知識と経験が不可欠になる。
どちらかというと、私の場合は、そういった堂内荘厳作業は経験に乏しく、ここに描法など詳細に伝授する能力は私には、ない。
これからご紹介する描法は、いわゆる「彩色仏画」としての絹本への彩色法と理解して頂きたい。
彩色仏画の種類をおおまかにまとめてみると、まず、白描画がある。前に白描画=粉本と書いたが、間違いである。
美しい線で描かれた白描画には、色がある。墨色はもちろん絹や紙の色がある。白も美しい色の一つだ。繊細で磨かれた線で描かれた仏画も、彩色仏画に引けを取らないりっぱな仏画となる。
次に、岩彩のように水で薄めた淡い色で彩色する淡彩色技法がある。
これは、墨絵や水彩画の一般的な淡彩色とまったく同じ描き方で、水溶性の絵の具を水で薄め、淡く塗る彩色である。
この絵の具の仲間には、使い勝手の良い水溶性樹脂を接着剤とする絵の具があるが、油絵のような表現も淡彩表現も可能とする。これらを使うとこれからご紹介する技法など必要としないことになってしまうのだが…。               

最後に、平安貴族の間で好まれた「やまと絵」が唐絵や宋画と融合し、日本独特の美意識で育てられたところの「彩色法」がある。平成に生きる私ではあるが、今もそれと似たやり方で描いている。
はるか昔に描かれた源氏物語絵巻を代表とする彩色描法を「つくり絵」と呼ぶ。聞きなれない言葉だが、古典文学を勉強する人には、お馴染みらしい。
下描きの上にかなり濃厚に彩色し、最終的に、構図まで変える彩色法ということであるが、次回では、この「つくり絵」なる描法を私なりに分析し、経験と兼ね合わせご紹介して行こうと思っている。
     

ふじのしょうかん