中外日報 2001年(平成13年)1月20日 中外アート 不定期連載エッセー&コラムより 1/3紙面

仏画を描く
―中級編@彩色・絵巻に見るつくり絵と仏画―
仏画工房 楽詩舎 代表絵師 藤野正観
微妙なニュアンスの表現
細い墨線の繊細さで



 仏画の彩色に入る前に、日本絵画史の代表的な領域を形成した「絵巻物」における「つくり絵」とは、いったいどういった描法なのか、私が、どう理解し、受け継いでいるのか、私の仏画制作における作画法と照らし合わせ、ご紹介しようと思う。

平凡社刊の大百科事典によると「つくり絵」とは、国宝・源氏物語絵巻に見られるように、まず墨の線で下描きをし、それに従って画面全体に絵具を塗り重ねて彩色し、細い墨線で目鼻をはじめ細部を描き起こす――。と書いてある。異論はない。しかし、それだけでは、イタリア・ルネッサンス期の画家ボッテチェリやフランス印象派の画家レオナルドフジタの描法も、「つくり絵」となってしまうのではないか――。
それでは、どこが西洋の描法と違うのか、きちんと整理しないと、日本の伝統的な彩色技法として紹介しにくくなってしまう。
たしかに、西洋画も東洋画も色を塗り重ねて表現する彩色方法があり、昔からその方法で描かれている。
しかし、見逃してはならない点として、――細い墨線で目鼻をはじめ細部を描き起こす――というくだりである、これから仏画の彩色を始める者にとって最も意識すべきところなのである。

ボッテチェリやフジタの線は繊細である。特にフジタは、日本画も習ったことがあり、日本の面相筆を使用していたと聞く。
しかし、その大和絵技法でいう「つくり絵」では、、細い墨線の、その繊細さにかけては、それらとは比較にならず、西洋画には、その微妙なニュアンスの表現は見つからない。少なくとも、私は、西洋画にそれを見たことがない。
もちろん、この技法は、というより様式と表現した方が的確かもしれないが、中国を中心として東洋画全般に当てはまる。
つまり、唐から輸入された仏画も、大和絵技法であるところの「つくり絵」もたいした違いはなく、ほとんど同じ方法と概念で作図されたようだ。また、西洋でも、絵画制作に芸術という観念が無い頃は、良く似た作図方法だったのではないかと推測される。

西洋画が東洋画と決定的に違った育ち方をした大きな要因の一つとして、「筆のつくり」がある。その筆は、先端に命毛という毛一本を他の毛が支え包み込むように作られている。
日本の絵図に見られる面貌描写において引目鉤鼻という象徴的手法があるが、一本の目の線を描くのに、淡い墨を何度も重ねて描き、鼻は単純な鉤形としながらそこに民族特有の感性で味わいを持たせ、今は、死語となっているような「おくゆかしさ」や「艶やかさ」など、
各場面のもつ深い詩的情趣や、さらには主人公の心理の表現までも可能とした。これを「女絵」というのだそうだ。また、人物の姿態や表情を自由な筆致で描き出す画態を、女絵に対して一般に男絵と呼んでいるらしい。
これら画面形式、画態はしだいに混じり合い、絵巻などの構図法として、屋根や天井を取り去って室内を表現するいわゆる吹抜屋台や、同一画面上に時間と共に変化する事象を円環的に描くといった異時同図法などが生まれた。これらは絵巻に留まらず、伝統的な仏画の、もっとも基本的な作図概念なので、あえて古典技法(様式)をご紹介することにした。
 

      

ふじのしょうかん