中外日報 2001年(平成13年)3月17日 中外アート 不定期連載エッセー&コラムより 1/3紙面

仏画を描く
―中級編―
A仏画彩色とその作法―
仏画工房 楽詩舎 代表絵師 藤野正観

聖なる仏画描く作法
自信の精神修行として


古典の彩色技法や様式を、古仏画の模写などからしっかりと学び取り、その古典の持つ東洋固有の伝統的、且つ基本的な作図概念や美意識を自分の体に吸収させ、一般的な美の概念となってしまった西洋の美意識とを、はっきりと区別できるように勉強してきた。
いよいよ彩色ということであるが、大切なことを書くのを忘れていた。このまますんなりと彩色に突入というわけには行かないのだ。
これから描くのは、普通の絵ではない。「仏画」である。「仏画」を描くにあたりその作法も知っていないと仏さまに失礼であるからだ。
経典に仏画の描き方の作法のようなことが書いてある。いやそのようである。
私は、実際にそのお経を読んだことはないので、偉そうにお教えする資格はないのだが、小学館刊原色日本の美術「仏画」に、現代口語で、わかりやすく紹介してあるので、主な部分だけ、簡単にご紹介することにする。
これらは、あくまでも聖なる画としての教化や修法の為の本尊仏画制作の為の作法で、作図技法を伝えるものではないので、混同しないで頂きたい。

仏画を描く者の心得

使用する絵絹などは、次の条件で織られたものを使わなければならない。
穢れ(けがれ)のない処女により清められた場所で新しい機(はた)・杼(おさ)をもって織られ、織るさいには、沐浴し白衣をまとい、帛(きれ)で口を覆い、真言を唱えなければならない――。
次に、画工(画家・絵師)つまり仏画を描こうとする者に対して厳しく書いてあるので、実行できるかどうかはさておいて、参考のためにご紹介しておくことにする。

○ 不空羂索神変真言経では、「画匠、画く時は、一出一浴し、香をもって身に塗り、浄衣服を着け、三白食を食し、寂然として語を絶ち、八斎戒を受け、盞(絵皿)・筆・彩色(絵の具)みな浄好ならしめ、膠をもって彩色に調和することなかれ」とされている。また、
○ 牟梨曼荼羅呪経では、「その画匠は、画きおはるに至るまで、五辛酒肉を食せず、婬欲等のことおこなはず、その彩色を盛るに並びに新器をもちひ、皮膠は用いず、まさに香膠を用ふべし」ともある。また、吉日を選んで制作をはじめなければならない。とある――。

仏画とは、そもそも、こういった作法で描かれていたもののようである。
私は長年、プロとして、たくさんの仏画を描かせて頂いてきたが、これらの作法を全て網羅したことは一度もない。私自身、この作法が全て守られてきたかどうかは、疑わしいと思っているし、特に現代では不可能に近い。所詮、無理がある。
これらを全て守っていたら、時間はかかるし、予算はかかるし、何をおいても、身が持たない。
私の場合、年がら年中仏画を描いているのだから、命果てるまで五辛酒肉を絶たねばならないことになる…。
プロの世界では、すべてを守る事は、どうも無理のような気がするので、これから趣味で仏画をお描きになろう読者は、これらの内の一つでも多く実践されることをお勧めする。
仏画の制作は、技術面だけではなく、ご自身の精神修行
でもあるのだから――。

ふじのしょうかん