中外日報 2001年(平成13年)5月20日 中外アート 不定期連載エッセー&コラムより 1/3紙面

仏画を描く
―中級編―
B彩色・ドーサ引から骨描
仏画工房 楽詩舎 代表絵師 藤野正観


好天を選ぶのがコツ

下絵を裏に重ね写す




ドーサを引く筆者



いよいよ、彩色工程に入る。木枠に、障子紙を貼る要領で絵絹を張る。糊が乾いたら、糊付けした部分を濡らさないように気を付けながら、表裏をぬるま湯で塗る。くれぐれも濡らさないように気を付けないと、もし、濡らし、絵絹が剥がれたら、取り返しがつかないことになる。
その収縮率は大変なもので、二度と貼れなくなってしまい、その絵絹は没となる。このぬるま湯での「水ひき」は、精練された糸を洗うと同時に絹の織り目を整える。また、絵絹をピンと張らせることも大きな目的の一つである。
次に、張られた絵絹に、ドーサを塗る。この処理をしておかないと、絵の具が滲んだり、表具の段階でも絵の具がとれたりと大変なことになる。もっと大変なのが、無理やり描き上げ、どうにか表装できたとしても、何年か後、絵の具が剥がれたりして、もっと悲惨なことになる。

ドーサ液は、膠液と明礬(みょうばん)を、その時の気温や湿度に合わせ、適度に混合する。このへんがマニュアルに書けない辛さで、その濃度は経験でしか習得できない。
舐めてみて少し酸っぱさを感じる程度という人あれば、その色で判断する人もある。
私の場合は、どちらも当てはまる。五感全てで感じ取る。大げさではない。

あえて、量と作り方を書くなら、水千ccに対して三千本膠なら1本〜2本を入れ、木質の匙などでゆっくりかき混ぜながら溶かす。
溶かしきったら、七〇度(指を入れていられない熱さ)まで冷まし、つぶ明礬を小匙一杯から二杯を入れ、ゆっくりとかき混ぜる。溶けて冷めればドーサ液の完成である。
さて、完成したドーサ液を絵絹に塗るわけだが、これがまた、少々緊張して頂く事になる。
できるだけカラッと晴れた好天を選ぶことがうまくいく秘訣だ。
絵の大きさにもよるが、机の上で描ける大きさとして、十センチ幅のドーサ刷毛にたっぷりとドーサ液を沁みこませ、どちらからでも良いが、右利きなら、上左からゆっくりと水平に右方向へ確実に引く(塗る)。一センチぐらい重ねて、またその下を左から右へゆっくりと引く。
そのドーサを表、裏、表の順で、それぞれ一回づつ計三回、それぞれが完全に自然乾燥するまで待って、次を引く。
3回目が完全に乾くと、骨描に入る。
彩色作業の前に必ず、下絵をきちんと写し取っておく必要がある。伝統仏画の基本描法だ。
あらかじめ制作しておいた下図(粉本)を絵絹の裏に貼り、透けた下図の線を淡墨で、絵絹の表に写し取るわけだ。下図よりも、「より良く」を心がけ、丁寧に写し取る。

彩色する絵の具の濃度にもよるが、そのへんを考慮し、墨の濃度も考え配慮しておくと、彩色がスムーズに行く。
うまい骨描は、それだけでも絵になる。これから施す色さえ呼んでくれる。
白描画として完成されていると、彩色を施す時、ほどよく緊張し、より集中力が増すのだ。

この骨描作業は、必ずしもこの順序で進めなければならなくはない。機械織りの絵絹などは、墨線で描く程度なら、ほとんど滲まないので、
絵絹を木枠に貼る前に、骨描 を済ませておくことも可能である。

仏絵師  藤野正観


      

ふじのしょうかん