中外日報 2001年(平成13年)7月20日 中外アート 不定期連載エッセー&コラムより 1/3紙面

仏画を描く
―中級編―
C地色塗りから細部描きこみ

仏画工房 楽詩舎 代表絵師 藤野正観

絵の具の扱いに習熟
「膠」で溶くことが基本


前回では、木枠に絵絹を張り、ドーサー引き、骨描 (下絵を写す)まで進んだが、ここまでくれば、後は、完成に向けて、ひたすら楽しめばいいのだが、初心者となると、やはり絵の具の扱いかたに戸惑いをお感じになるかもしれない。

日本画の元祖であるところの仏画の彩色には、普通、粒子の細かい岩絵の具の他、泥を染め付けた水干絵の具というものを使う。それは、古くは泥絵具と呼ばれ、山から採掘した泥や土を水で精製し、不純物を取り去ったあと、板状に「干」し上げることから、こう呼ばれる。
両方とも、基底物(絵をのせる絹・紙・板など)との接着を目的に、膠液を混ぜ、よく練って、水で調合し、それを使用する。

前にも書いたが、最近では、絵絹に彩色するには最適な、その水干絵の具を淡めの膠液とアラビア糊で溶いたチューブ入りの日本画絵の具が、開発販売されているので、それをお使いになっても良いと思う。顔彩でも良いのだが、これもまた、膠液を補充しなければ、表装に耐えられないことを、承知おき頂きたい。
このように、仏画彩色の主たる絵の具は、水干絵の具と、岩絵の具と理解してもらっても良い。しかし、昨今では、国籍不明の新しい絵の具が生まれてきている。そんな中に人工樹脂系つまり、経験のない人でも簡単に扱えるアクリル絵の具があるが、この絵の具だけは、安易に使うと、表装の段階でいろいろ問題が生じてくるので気をつけて欲しい。
余談だが、最近、安価で、頒布されている「表装済みの新作仏画」に、この絵の具を巧みに併用していることが多い。ご寺院関係者は、特にご注意願いたい。
ということから、仏画の彩色には、「膠で絵の具を溶くこと」が、基本となる。一口に、膠といっても、その種類は、三千本膠・鹿膠・粒膠、など種類があるが、絹本彩色のような水を多用する彩色の場合は、何を使っても良い。

地色だが、やはり引いておくと、絵絹が長持ちする。ドーサと絵の具で保護する役目もあるので、淡く溶いた(水分の多い)絵の具を何度も何度も塗り重ね、骨描の線が消えない程度まで塗る。生地のままに地色を塗らない場合は、数年後には、シミが出たり、黄色く変色したり、数十年、数百年後には、茶褐色に変色することを頭に置いておいた方が良い。

溶いた絵の具は、大皿にとり、絵刷毛で、丁寧に、タテヨコを素早く塗り、自然乾燥、それを何回か繰り返し、気に入るまで、地色を塗る。最終的には、絵に対して水平に引き終わると良い。白茶色から紺色まで、要領は同じであるが、紺色のように地色を濃くしたい場合は、塗りきりでは地色が影響する場合がある。そうなって困るところは、全体を塗った後、半乾きの間に拭い取ったり、マスキング処理をしておくことも、必要となる。

基本的には、最終地色に黄土系の中間色を求めるなら、全体を塗りきれば良い。
その方が、かえって、細部の彩色をする時、地色が、適当に干渉し、ボカシ口などに重厚な味わいを見せてくれるはずだ。

骨描 をしておいた、白描の線をできるだけはみ出さないように、丁寧に塗ること。この作業を、我が工房では、「究極の塗り絵」といって楽しんでいる。経験を豊富に積めば、緊張もまた、楽しみの一つになるのだ――。

     

ふじのしょうかん